開国と辞書編纂(英語篇)(2026/1/10)
- 乙原李成/Otohara Risei
- 1月10日
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古くから中国大陸と交流があった日本では、平安時代(昌泰年間)に漢和辞典(字書)『新撰字鏡』がつくられた。安土桃山時代に南蛮貿易が行われると、宣教師による活版印刷で、キリシタン版『日葡辞書』がつくられた。
日英交流は、1600(慶長5)年漂着したオランダ商船にウィリアム・アダムスが居り、徳川幕府の庇護におかれたところから始まる。1608(慶長13)年平戸に商館までできたが、15年後閉鎖されてしまった。
1808(文化5)年イギリス軍艦が長崎に不法侵入した事件をきっかけに、英語習得を命ぜられるオランダ通詞たちがいた。彼らはオランダ商館にいたボロムホフに学び、『諳厄利亜言語和解』(一名、諳厄利亜興学小筌)、『諳厄利亜語林大成』をまとめた。さらに1848(嘉永元)年漂着したマクドナルドから教わった者のうち、森山栄之助は7年後再来日したペリーの通訳をした。
官製の英和/和英として、1862(文久2)年洋書調所が『英和対訳袖珍辞書』出版(開板)、組織改編後の開成所で1866(慶応2)年改正増補版を出した。これは1869(明治2)年に薩摩藩士によって、『和訳英辞書』(通称薩摩辞書)として改訂され、1873(明治6)年に東京新製活版所が改正増補版を出すほど利用された。ヘボンは、日本人と協力しながら、1867(慶応3)年『和英語林集成』を出版。このとき使われた鋳造活字は、上海で作られたという(『活版印刷史』)。1873(明治6)年柴田昌吉、子安峻が『英和字彙』を出版(日就社、通称柴田辞書)。横浜にあった日就社は、翌年『読売新聞』を創刊。のちに紙名そのものを社名に変更する。
1884(明治17)年『英和袖珍字彙』が十字屋、開新堂、三省堂、桃林堂の共同で出版された。前年の『ウイルソン氏第一リードル独案内』『ウィルソン氏第二リードル独案内』に続いての出版で、著者も同じ(西山義行)だった。この十字屋は原胤昭(1853-1942)が創業した銀座十字屋ではなく、旧神田区錦町1丁目にのれん分けした店。旧芝区日影町1丁目にも支店があった。(『絵入心の鏡』奥付)桃林堂石川貴知と三省堂亀井忠一は兄弟で、開新堂加藤鎮吉も親戚。いずれも古本屋だったという。
このあとよく使われたのが、『ウェブスター氏新刊大辞書和訳字彙』。1888(明治21)年三省堂から出版され、明治時代をつうじて50版(刷)以上重ねたベストセラーになった。社史によれば、同時期に同じ種本で出版された『和訳英字彙』(大倉書店1888年)とは印刷所まで重なり、新聞広告による予約注文が同業者である親戚たちの不評を買ったという。
参照
国立国会図書館常設展示 第152回「辞書を片手に世界へ」
国立国会図書館電子展示会「外国語への道しるべ」
明治学院大学「和英語林集成デジタルアーカイブス」
手塚新訳『絵入心の鏡』(「絵入心廼鏡」、十字屋書舗1881年)
『大礼記念長崎県人物伝』(長崎県教育会1919年)
川田久長『活版印刷史』(印刷学会1949年、1981年復刊)
『三省堂の百年』(三省堂の百年1982年)
惣郷正明『図説日本の洋学』(築地書館1970年)
永嶋大典『蘭和・英和辞書発達史』(講談社1970年)
『読売新聞百年史 本編』(読売新聞社1976年)
浅原義雄「諳厄利亜語事始」『コミュニケーション文化』(跡見学園女子大学文学部コミュニケーション文化学科)4(2010年3月)
岡部一興『ヘボン伝』(有隣堂2023年)

手塚新訳『絵入心の鏡』(「絵入心廼鏡」、十字屋書舗1881年)標題紙及び奥付https://dl.ndl.go.jp/pid/754681 (国立国会図書館デジタルコレクション)



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