開国と辞書編纂(仏語篇)(2026/2/7)
- 乙原李成/Otohara Risei
- 2月7日
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日本がフランス文化に触れたのは、出島経由だった。1844(天保15)年の改暦には、オランダ語から重訳されたフランス天文学の知見が反映された。オランダ語訳のショメル『家庭実用百科事典』が18世紀末から19世紀にかけて輸入された。(Chomel,A.N.,Huishoudelyk woordboek.『厚生新編』など様々な翻訳、抄訳があるという。)頼山陽のように、ナポレオン・ボナパルトの業績を知る文人もいた。(「佛郎王歌」)
1858(安政5)年安政5か国条約のひとつ、日仏修好通商条約が締結されると外交官、軍人が来日。公使館付通訳のジラール神父が香港、琉球経由で来日したほか、1865(元治2)年横浜仏語伝習所(のちの陸軍幼年学校)が設置された。
この流れと前後して、松代藩医村上英俊が取り寄せた化学の参考書が、誤ってフランス語版が届き、佐久間象山のすすめもあって独習を始めた。のちに蕃書調所に出仕して、日本最初の仏和辞典、『仏語明要』(達理堂1864年)を含む、一連のフランス語参考書を出版している。版元の達理堂は、村上英俊の語学塾だったが、発音にオランダ語のクセがあり、次第に廃れたという。
1867(慶応3)年パリ万国博覧会が開催されると、徳川幕府は使節団を派遣。通訳の箕作麟祥(のち和仏法律学校校長)のように後年活躍する人もいた。また、開国後のフランスからの影響は、法制、軍事、社会思想、絵画など多方面に及んだ。
1871(明治4)年既存の仏英辞典を上海で翻訳出版した『官許仏和辞典』が入ってくる。
1886(明治19)年『仏和辞典』(東崖堂、有則軒 発行・発売)、『仏和辞書』(同盟出版(日進堂・十字屋(銀座・錦町)・桃林堂・三省堂・開新堂)出版。いずれも共同刊行で、版元といくつかの書店でしか販売しなかった。(後者の「大売捌」先に、有斐閣、旧京橋区文明堂、京大黒屋、大坂梅原亀七を含む。)
参照
国立国会図書館電子展示会「近代日本とフランス」
三省堂ことばのコラム 第2回「仏和辞書」
吉田光邦『江戸の科学者たち』(社会思想社1969年)
『ふらんす語事始』(校倉書房1975年)
富田仁『フランス語事始』(日本放送出版協会1983年)
『東京外国語大学史』(東京外国語大学1999年)
飯田史也「19世紀日仏における多言語対照辞典の研究」『福岡教育大学紀要 第4分冊』第40号(1991年)
田中貞夫『幕末明治期フランス語辞書の研究』(国書刊行会2012年)

明治~大正時代の学習参考書の例(ブログ管理人個人蔵)



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