浮世絵流出(2025/12/13)
- 乙原李成/Otohara Risei
- 2025年12月12日
- 読了時間: 2分
今年11月22日サザビーズ香港に出品された岡田美術館(箱根)の旧蔵品に、喜多川歌麿の肉筆画があると話題になった。結果として、日本人コレクターの手に落ちたという報道があったが、約11億円という落札金額もまた話題になった。
明治維新をむかえた日本には外交、商売その他さまざまな目的で、日本国籍をもたない「異人」が集まった。そのなかには仕事の必要上、また第二の人生に、あるいは趣味として、日本の伝統文化と関わり続けた人たちがいた。
アーネスト・サトウ(Satow,Ernest Mason,1843-1929)は大英帝国の外交官として来日、いろはから学習して、のち政府高官と渡り合った。そのとき収集した和書の多くが、ケンブリッジ大学図書館に収蔵されている。
東京大学(当時)のお雇い外国人、フェノロサ(Fenollosa, Ernest, 1853-1908)は、のちにボストン美術館東洋部長に就任。そのとき多くの浮世絵コレクションをもたらしたのは、ビゲロー(Bigelow, William Sturgis, 1850-1926)だった。
露店で浮世絵が一束いくらで売られていた頃、有名になったのは「ベンケイ」こと、ブリンクリー(Brinkley, Francis, 1841-1912)。言葉が通じず、持ち合わせの金貨で支払いをすることから、たちまち値が吊り上がることになった。
やがて、林忠正(1853-1906)、小林文七(1862-1923) といった自ら海外に売り込む日本人も現れた。その最大なのは山中商会であり、第二次世界大戦で大日本帝国が宣戦布告するまで、販路が欧米にあった。
日本の美術品の価値を自ら認め、それを取り戻そうとしたのが、川崎造船社長松方幸次郎 (1866-1950)。国立西洋美術館(上野)の基礎となるコレクションは有名だが、並行して買い戻した日本画はいま、東京国立博物館におさまっている。
参照
Tokyo アーカイブ(東京都立図書館)https://archive.library.metro.tokyo.lg.jp/da/top
デジタルアーカイブ都市横浜の記憶(横浜市)https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/kyodo-manabi/library/shuroku/
早稲田大学文化資源データベース https://archive.waseda.jp/archive/index.html
デジタル浮世絵博物館(立命館大学)https://www.arc.ritsumei.ac.jp/lib/vm/digitalukiyoemuseum/
浮世絵文献資料館(加藤好夫)https://www.ne.jp/asahi/kato/yoshio/
Japanese woodblock print search (John Resig) https://ukiyo-e.org/
フェロノサ『浮世絵展覧会目録』(蓬枢閣1898年)
竹田泰次郎「浮世絵商の今と昔」『紙魚の昔がたり』下(訪書会1934年)
『東京古書組合五十年史』(東京都古書籍商業協同組合1974年)
『浮世絵』(東京国立博物館1984年)
『いま、北斎が甦る』(河出映像センター1987年)
『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』(Cambridge University Press,1991)
フェノロサ『浮世絵史概説』(新生出版2008年)
朽木ゆり子『東洋の至宝を世界に売った美術商』(新潮社2013年)
木々康子、高頭 麻子『美術商・林忠正の軌跡 1853-1906』(藤原書店2022年)

西郷城山戦死図 揚洲周延画 明治10(1877)年御届 ※ブログ管理人個人蔵



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