top of page

近代地図製図考(2026/4/4)

乙原李成/Otohara Risei
4月4日
読了時間: 2分

伊能忠敬の「大日本沿海輿地全図」(伊能図)が、作製された当時の世界最高水準だったのはよく知られている。いまでは間宮海峡の名で知られる海峡は、仏露両国の探検と同時期、樺太が島であると発見した間宮林蔵の名を冠しており、シーボルトの著作により世界に広められた。一方でシーボルト事件での関係者への処罰に見られるように、徳川幕府の秘図でもあり、ごくわずかに写しが配られたのみ。


伊能忠敬の上役にあたる、天文方高橋景保は、命により世界地図を作製した。試作図である、1809(文化6)「新鐫總界全圖」、翌年の「新訂萬國全圖」共に、語学に通じた馬場佐十郎貞由の助力を得て、白川藩の亜欧堂田善により銅板印刷された。のちにプロイセンで出版された地図帳を参考に修正が加わり、明治時代に入り、大学南校(東京大学の前身)から出版されたりもした。


町民の間には、水戸藩在住長久保赤水による「改正日本輿地路程全図」(赤水図)がよく普及しており、版を重ねた。また、尾張屋などの版元による「江戸切絵図」は武家地、寺社や名所がひと目でわかり、年代ごとの町割の変遷がうかがえる。やがて、伊能図を継承発展させた陸地測量部による地形図や、銅板画の日本地図、民間出版社がつくる鉄道地図などにとって代わられた。


長久保赤水を輩出した茨城県では、「新撰萬国全図」が元水戸藩士酒井捨彦(日本画家、横山大観の父)により作製され、1890年まで改訂が続けられた。現在では地図とはみなされないものの、吉田初三郎が描いた各地の鳥瞰図も、いまだに人気が高い。


参照

国立国会図書館デジタルコレクション

「新鐫総界全図」

「新訂萬国全図」


吉田光邦『江戸の科学者たち』(社会思想社1969年、改題『江戸の科学者』講談社学術文庫2021年)

織田武雄『地図の歴史』(講談社1973年、講談社現代新書1974年、講談社学術文庫2018年)

長尾政憲『横山大観と近親の人々』(鉦鼓洞1984年)

二宮陸雄『高橋景保と「新訂万国全図」』(北海道出版企画センター2007年)


『大日本全図』(大川錠吉明治17年)(ブログ管理人個人蔵)

最新記事

すべて表示
渋谷の書店(4)さまよえる紀伊國屋書店(2026/7/25)

昭和40年(1965)年渋谷南口に東急プラザが開業すると、紀伊國屋書店が5階の大部分を専有していた。紀伊國屋書店は田辺茂一(1905-1981)が昭和2年(1927年)新宿にて創業。昭和39年(1964年)には前川國男設計による地上9階、地下2階の本社ビルを建てていた。渋谷店は旅行ガイドや専門書が充実しており、ふかふかのカーペットを歩くので足が疲れずに済んだ。東急プラザの建て替えに伴い、2015年

 
 
 
渋谷の書店(3)第一勧銀ビル(宇田川町23-3)のテナント

昭和50年(1975年)3月第一勧銀共同ビルができてすぐ、大阪に本店がある旭屋書店が地下1・2階に出店した。銀座、池袋に続く出店で、2005年8月31日まで営業していた。地下鉄半蔵門線の改札口を出て目の前が店の入口なので、NHKの語学講座のテキストなどすぐ買えたのがありがたかった。平成7年(1995年)には109(通称、マルキュー)にコミック専門店も出店していたという。 閉店後の短期間、パチスロ店

 
 
 
渋谷の書店(2)失われた渋谷古書街(2026/7/11)

令和6年(2024年)東急プラザ裏での営業を終了した渋谷古書センター(道玄坂1-6-3)は、まだヤミ市がのこる昭和22年(1947年)、山路書店の創業がきっかけだった。古書サンエーを始め、複数の書店が2階から地下まで入居する形で、昭和46年(1971年)にいまの建物ができた。東急プラザにあった紀伊國屋書店のついでに立ち寄ると、雑誌雑本、成人図書がひしめきあう店舗に掘り出し物はなく、ただいつも混みあ

 
 
 

コメント


©2023 www.hushintyu.com

bottom of page