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  • 乙原李成/Otohara Risei

満鉄東亜経済調査局見学報告(1)(2024/1/6)

海軍大学校大正10(1921)年作成。(個人蔵)

近代における調査機関のあり方の一例。






















(続く)

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末は博士か大臣か(2024/2/17)

東亜経済調査局関係者で博士号取得者は、松岡均平や大川周明がすでに紹介済なので、大臣(または国会議員)経験者を紹介したい。 波多野鼎(1896-1976)は愛知県出身のマルクス経済学者。 1920年東京帝国大学法学部法律学科(イギリス法選修)卒業。 在学中は東大新人会に参加。 同年満鉄入社、東亜経済調査局配属。 1922年同志社大学教授。 1946年九州経済調査協会会長。 1947年参議院議員に当選

学歴だけが頼りだった(2023/12/16)

南満洲鉄道株式会社におかれたソビエト・ロシア調査部門を調べていて違和感をいだいたのは、田中九一(1896-1995)という人物だった。 愛知県出身。大正10(1921)年東京帝国大学法学部法律学科(ドイツ法選修)卒業後に満鉄入社、東亜経済調査局配属。 翌年に東大新人会OBが結成した社会思想社にも参加。 波多野鼎(1896-1976)、嘉治隆一(1896-1978)、京都帝大卒の松方三郎(1899-

満鉄調査部のロシア調査(2023/12/9)

南満洲鉄道株式会社が日露戦争の結果設立された国策会社だったのはよく知られている。 小林英夫によれば、本格的にロシア調査が始まったのは、第一次世界大戦中にロシア革命が起きてからだという。 大正11(1922)年ブラゴベシチェンスク図書館から持ち出されたロシア陸軍極東軍管区旧蔵書約2万冊の購入。 翌年モスクワで開催された博覧会への出張を兼ねた、ソビエトの現地視察と約千冊の文献購入。 これらは、庶務部調

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