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  • 乙原李成/Otohara Risei

地理学者としての志賀重昴(『日本風景論』を読む)(2024/2/3)

志賀重昴(1863-1927)は岡崎藩の儒者の家に生まれた。

東京、芝新銭座の攻玉社に学んだあと、明治17(1884)年札幌農学校卒業。

海軍兵学校の遠洋航海に同乗して、太平洋の島国を見聞。

明治21(1888)年杉浦重剛(1855-1924)、三宅雪嶺(1860-1945)らと雑誌『日本人』を創刊。

明治27(1894)年『日本風景論』(政教社)初版。以後版を重ねる。

妻の母校、跡見学園をはじめ、さまざまな教育機関で地理学を教えた。

東京地学協会、日本山岳会、イギリス王立地学協会会員。

『日本風景論』は、改版のたびに表紙挿絵を改めるという凝ったつくりだった。

気候の多様性に伴う植生の多様化。とくに多湿であること。

火山の多さと各地のおもな山々。そして登山の推奨。

日本アルプスが、ウェストン(Walter Weston, 1861-1940)により紹介された業績と、比較されることがある。

急流な河川による土地の浸食。そのような特徴がみられる名所。

そして、日本古来の花鳥風月を愛でる気風を再評価する。

和辻哲郎(1889-1960)『風土』(岩波書店1935年)出版までは、日本の気候・地理的特徴を知る最良の案内書だった。

参考

Weston,Walter,1861-1940.Mountaineering and exploration in the Japanese Alps.1896.

『世界名著大事典』(平凡社)第5巻ニ-マヨ(1960年)、第8巻著者編(1962年)

松岡正剛の千夜千冊489夜『日本風景論』(2024年2月2日閲覧)

攻玉社ホームページ-攻玉社の歴史(2024年2月2日閲覧)



(撮影:乙原李成、三軒茶屋キャロットタワーより見た富士山)

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